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tabi_photo77_1.jpg …まちの茶屋に修行僧もいたりする…



~お寺の日々~

初日。
とにかくこの町へ来た目的である、ティーチングが行われる場所、ダライ・ラマさんのお寺へ行ってみる。
行く道の途中には、焼身自殺した僧侶の顔写真が貼られた看板のような物があって、ドキリ。
ずいぶん沢山の人が亡くなっている。

でもここは中国じゃないから、こんな看板も出せるのか。。。となんだか複雑な気持ちになる。

さてラマさんのお寺に着いてみると、まずはどこに入って良いのやら、どこにお参りして良いのやら、、、と色々戸惑いながら何となく中の様子をみる。

本殿は大広間のようになっていて、ただそこに居てくつろいでいる人あり、読経する人あり、五体投地する人ありと様々。
この時まず感じたのは、お寺の中で色んな人が色んな姿で自然に過ごしている事にビックリした事。

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哲郎氏は祖父母の影響もあって、ちょこちょこお寺や神社に出入りしていたようだが、私は子供の頃から寺社仏閣にはなんの縁も無く、初詣や観光でしかお参りなどした事がない。
それ以外の日には、神社やお寺に行く用事があると思った事がない。

それがこのラマさんのお寺では、えんじ色の袈裟を来た僧侶も地元の人も、私たちのような明らかに観光客も、みんなが想い想いに過ごし、居心地の良い空間になっているのである。

そしてこの空間の心地良さを求めて、ティーチングとは関係なく、毎日このお寺に通う事になった。


二日目。
この日は朝一番で、別の場所でやっているメディテーションのクラスに出てからお寺に向かった。
時間はよく覚えていないが昼前で、いつもより人が多く食事の配給準備をしている様子。
きっと僧侶の方々はこうやってお昼を食べるんだろうと、気にせずお参りなどすまして広間に戻ると、誰にでもお皿とスプーンを貸してくれ、お食事を配っているらしい。
なのでちゃっかり私たちも頂いてみる。

初めは何も関係ない私たちがもらって良いのだろうかと遠慮して、二人でひとセットだけ借りてシェアしていたのだが、それを見て『パンをもう一つ取れ』とか『おかわりあるよ』とか。
とにかく親切で、涙が出そうになる。

食事の内容は質素な物で、パンと米とダルスープ(小さなお豆のスープ)
でもそんな豪華か質素かではなく、みんなと食べる感動の食事。
(ただただありがたくいただいたので、写真に残せていなかったのは残念)

貧乏バックパッカーとはいえ、ご飯が食べられないほど貧乏なわけでは無いので、この感動は食べ物をくれたありがたさと言うより、その分け隔てのない振る舞いとか、気遣いとか、その全体の雰囲気が、とにかく誰もが誰にでも優しくて優しくて。
今思い出しても、あの感動が思い出せる。

後に分かったことには、この配給がティーチング前のセレモニーだったようで、ティーチングが始まる前々日まで4〜5日続いたと思う。
その間毎日、ありがたく、お食事をいただき続けたのでした。

  

tabi_photo77_4.jpg …お寺の近所にあった、こども遊園地…
 


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