~承徳~
北京ではそこからモンゴルとチベットへ行く方法をリサーチしたくて、長期滞在となった。だがモンゴルへ行くシベリア鉄道は人気があって、かなり前でないと予約できないとわかり、諦めて北京から往復の飛行機を予約する。一方チベットは成都という街で情報を得た方が良いとわかった時点で、北京でのミッションは終了。
そこでホテルのスタッフがオススメしてくれた承徳に行ってみることにした。
承徳は北京から列車で5時間。清の皇帝が立ち寄る離宮として整備され、その周りには多数の寺廟が建造されている。この「避暑山荘と外八廟」は世界文化遺産にも登録されているらしい。というのも、私達はホテルのスタッフに教えてもらうまで、「承徳」なんて聞いた事もなく何も知らなかったのだ。それでも北京から2、3日で行ってくるのにちょうど良いと言われ、調べてみるとチベットのポタラ宮を模した寺院もあるとわかり行ってみる事になったまで。
そんななんとなく行った承徳でも、印象的な出来事や出会いがあった。
外八廟の一つ、普寧寺の千手観音像。
この観音像はものすごく大きくて見上げるだけで迫力があり、またその大きさによる迫力だけでなく、荘厳さや重厚さ、表情などを含めて、見る者を釘付けにしてしまう圧倒的な存在感。ただその足元から見上げているだけで、全てを見透かされているような、それでいて何かに包まれているような、今まで見た仏像では感じたことのない心の震えのようなものが沸き起こってくるのだ。
その千手観音の前で暫し佇んでいると、寺の僧侶数名に押されながら車椅子の老人が入ってきた。その老人もまた静かにじっと観音を見上げ、何度も何度も手をこすり合わせながら拝んでいる。そこには私達と老人と車椅子を押してきた僧侶たちのみ。その空間のなんと神聖なこと。これまで信仰心なんて皆無だったはずなのに、なぜだかかわからないが涙が溢れてくるのだ。哲郎氏も同じように感じていたそうで、この千手観音像は忘れられないものとなった。
ポタラ宮を摸したという小ポタラ宮(実名は普陀宗乗之廟)も独特の雰囲気を醸し出しており、この時点ではその後行けるであろうチベットに想いを馳せながら、以外と奥が深い寺院内を散策してまわった。中では踊りのショーがあったりして観光地っぽさもあるが、それほど人は多くなくゆったりと楽しいひと時を過ごした。
また、承徳のホステルでは元気ハツラツなメキシカンギャルに出会った。
私達が泊まったこのホステルには部屋がたくさんあったのだが、この日のお客は私達夫婦とメキシカンギャルの合わせて4人だけ。そしてこの4人が同じ部屋に押し込まれた。
もちろん希望したのはドミトリーなので問題ないが、部屋が空いているようなら別の部屋にしてくれても良かったのでは?などと思ったりしたのだが、結果的にはこれが良い出会いとなったので、このシチュエーションを作ってくれた宿に感謝である。
彼女たちは中国語を取得するために留学していて、休みを利用してあちこち旅行しているとのことで中国の事にとても詳しく、中国国内の観光地を色々と教えてくれた。
なかでも九寨溝(英名Jiuzhaigou)と桂林(英名Guilin)がお勧めだと言っていたのだが、中国の地名を英語で言われると、地名の漢字を日本語読みしている私達にはとても難しく、どこの事か判明するのに苦労したのを思い出す。この時、日本人は中国の地名を日本語読みしているけれど、英語を介して会話するなら英語読みを覚えなければならないと痛感させられた。
彼女たちは翌日の早朝に出発してしまったので、夜2時間程喋っただけだったと思うが、FBでその後も連絡を取り合い、1年半後にメキシコで再会できたのだから、旅の出会いは本当に面白い。
さらに、ここ承徳では2年間の旅の中でもトップクラスの美味しいビールに出会った。「まさかの中国で!?」と思われるかもしれないが、これは状況と偶然が生んだ奇跡のビール。
1日目、千手観音からの帰り道。バスを乗り継ぐ所を節約と探索のために歩いてホステルに戻ろうとしていた私達は、普通の街中で迷子になった。街はだんだん暗くなり、歩き疲れ喉はカラカラ。そこで入った小さな雑貨屋の冷蔵庫の食材の下にビールを発見!しかし買って飲もうとするとカチカチに凍っているので飲めず。一度は心底がっかりさせられたが、そこからホステルまでどうにか戻り、外のベンチに座って落ち着いた所で大事に抱えてきたビール。すこーし氷の残ったキンキンの飲み頃である。
中国では冷たい飲み物や食べ物は体に悪いとされていて、冷えたビールを探すのも難しいのだが、この日のビールはピカイチ。中国ではもちろん一番だが、旅の全行程の中でもトップクラスの美味しさだった。銘柄も何も覚えていないが、私達はこれを奇跡のビールと呼んでいるのである。