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tabi_photo32.jpg …乾燥した凍てつく大地にも、この時期かわいい花が咲く…


〜さよならモンゴル、再び北京へ〜

テレルジ国立公園でホースライディングをした当日。
翌日には私達は北京行きの飛行機を予約しており、ツアーで一緒だったアシシはこの日の夜にはシベリア鉄道でロシアへ向かうとの事で、最後の酒盛りをしようとビールを仕入れに外へ出た。ところがいつも行っていたスーパーも、レストランもバーも、小さな雑貨店さえも、ことごとく「Non alcohol day!」と表示されていて、一切手に入らない。
仕方なく適当に自炊した夕飯と、ジュースでモンゴル最後の晩餐となった。。。

翌日になってから聞いたところによると、モンゴルでは毎月一日は「Non alcohol day」なのだと言う。ビールを探し回った日はちょうど6月1日で、月に一度のノンアルコールデイだったのだ。

この時はがっかりしたのはもちろんだが、年がら年中コンビニなら24時間お酒が買えて、家で飲むどころか道端で飲んでいようが、駅で飲んでいようがお咎めもない日本では、果たしてこんな日を設定したら実行できるんだろうか?と疑問に思った。 この先訪れた国々でもよく感じた事だが、日本ほどお酒の許容範囲が広く、悪く言えばお酒にだらしない国民はいないのではないかと。。。
とはいえこの私達こそ、世界中で毎晩のようにお酒を飲み、それを一つの楽しみにしている夫婦なのだから偉そうな事は言えないのだが、日本人のこの習慣、少し反省しなければと思ったのも事実である。


さて、この日は他のツアー帰りの団体さんが同室に入り何やら盛り上がっていて、私達はひっそりと最後の夜。
ゲストハウス内や部屋のムードというのは、その日その日で一変する。この日はその最たる例で、それまではあまり関わった事がなかったアメリカ人やカナダ人、オーストラリア人が一気に増え、皆さんもちろん会話はネイティブの英語。
英語超初心者の私には、ほんの簡単な問いかけや、会話の流れすら全く理解できない恐怖の空間となった。

それまでアジア人同士の英語だったり、私達に気を遣ってゆっくり話してくれたり、哲郎氏が訳すのを待ってくれたりする人が多かったので、こんな風には感じなかったのだが、ネイティブ同士が集まるとそうもいかない。
「英語を理解できない人間がこの世に存在するなんてありえない」という空気を感じるほどの圧力で、とても居心地が悪い。(これは私の劣等感からくるものだったのだと思うが。。。)
モンゴルという国は大好きになっていたので、去るのはとても残念だったが、このままこの部屋にあと何泊もするんじゃなくて良かったなーと思ってしまった。
ちょうど潮時ということだったのだろう。

こうして翌朝にはチェックアウトして、来た時と同じ何も無い空港に到着し、再び北京へと戻ったのであった。


ちなみに北京に到着して驚いたことには、たった2週間で中国は真夏のような暑さになっており、寒かったモンゴルから到着したせいもあって、余計に体のだるさが抜けない。
北京に着いた翌日には夜行列車で洛陽へ移動となるのだが、とにかく体が重くて重くて仕方がなかった記憶がある。
その後、洛陽以降の中国の旅は、先に第15話から20話で綴っているので、そちらをご覧いただきたい。
  


tabi_photo32_2.jpg …チンギスハーン国際空港…


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